ハワイ日記2004年9月



2004/09/04 (土) パソコン

しばらく日記が空いてしまった。

実は先週、ウィンドウズのアップデートをしている最中にパソコンがクラッシュしてしまい、大変だった。

ツアーはそれほど忙しくはなかったのだが、日本から友人が来ていたり、鍋会のほかにタコ焼きパーティーなんかもあって、問題究明が出来なかった。

色々手は尽くしたが復旧することはなく、結局「COMP USA」で新古のPCを一台購入してしまった。

何しろインターネットが出来ないと仕事が出来ず、本当にハワイは孤島である。

買ってきたパソコンに日本語OSをインストールし、クラッシュしたPCからハードディスクを取り出して、新しい方に増設。

今日3日振りにメールのチェックをすることが出来たが、上手く動かないソフトもあって、しばらくは苦労しそう・・・。

この数日、ホノルルの天気は良く、昼間家でパソコンなんかいじってるのが嫌になったが、カピオラニ公園では沖縄フェスティバルなど開かれ盛り上がっていたようだ。

2004/09/06 (月) マカプウ・ハイク

マカプウ岬へのツアー。

朝はワイキキの大渋滞に引っかかった。

おととい沖縄フェスティバルのパレードがあったばかりなので、今日はちょっと油断していた。

クヒオ通りに続き、アラワイまで工事が始まり、何もなくてもワイキキは慢性的な渋滞が起きているというのに、相変わらずパレードはしょっちゅう。

この辺りも今度のホノルル市長選の争点の一つになっている。

さて、お客さんのリクエストはジャングルコースだったのだが、今日はアメリカの祝日(レイバー・デイ)で、ツアーでの入山が出来ないところが多い。

昨晩はまた随分シャワーが振っていたし、どちらにしろジャングルには入れなかったと思う。

今日もワイキキ周辺は雲が多くどんよりした天気だったが、サンディービーチの先は陽が差していた。

平日に比べて人は多かったが、それでも往復ですれ違ったのは40人ほど。

岬の上は良く晴れていて、風が少し弱かったので余計に汗をかいた。

通称「火曜サスペンス・展望台」からは、モロカイ島方面からやってくる船が見えた。

午後から風が出てきた。

夜はちょうど半分の月が浮かんでいた。

2004/09/07 (火) 撮影ラッシュ

このところハワイではあちこちでテレビや映画の撮影現場に出くわす。

日本からの撮影隊ではなく、アメリカの映画やテレビ番組である。

昨年は映画「50 First Dates」「The Hulk」「Along Came Polly」、テレビショーはNBCの「Average Joe Hawaii」、HTV「Surf Girl」、CBS「Amazing Race 4」が撮影されたが、今年はテレビシリーズのFOX「North Shore」、NBC「Hawaii」、ABC「Lost」が撮影中で9月からはさらに、ワーナーブラザース「Rocky Point」の撮影が始まる。

そのうちに日本でも放送される物があるかもしれないが、当面はアメリカ人向けの観光キャンペーンになりそうだ。

「Bay Watch」以降、2002年には映画「Blue Crash」や「The Big Bounce」など4本が撮影され、人気の上がっているハワイのフィルム産業だが、年間の経済効果は1億ドル以上だと言う。

空は青く、風は気持ち良い。

2004/09/08 (水) ハワイ大学ライアン樹木園の改装工事

先日、マキキヴァレーのトレッキングコースにツアーで行けなくなったばかりなのに、今度はハワイ大学ライアン樹木園のコースがしばらく閉鎖された。

レジストレーション・オフィスのすぐ裏手で、樹木園のハイキングコースの入り口は昨年から今年にかけて工事があり、綺麗に整備されたばかりだと言うのにまたか?と思ったのだが、今度の改装は樹木園入り口のドライブウェイにある研究施設だそうだ。

オレンジ色のヤマユリが咲くドライブウェイの左手には、随分古いコテージが幾つか立ち並んでいた。

樹木園の関係者が住んでいるのかとも思っていたが、ここはハワイ大学の研究施設だったのだ。

確かに古そうな建物だったが、なんとなくマノアの奥地らしく雰囲気はあった。

しかし現在の建物の安全基準を満たしていないらしく、ここを改装することになった。

しかし、問題が出てきた。

新聞によると、ここでは数々の希少種や絶滅品種の研究や栽培が行われていて、改装工事のためにこれらの施設や機器を移動すると、デリケートな植物がダメージを受ける可能性があるのだそうだ。

実際数ヶ月前に行われた研究施設の補修では、1万種類以上の植物が失われた。

アメリカ国内は勿論、世界的にも貴重な品種が多いそうで、この問題が解決しない事には、樹木園が再びオープンする目処は立たないらしい。

夜は随分シャワーが降った。

蒸し暑い。


2004/09/09 (木) マカプウ岬

朝になってシャワーは止んでいたが、コオラウ山脈にはどんよりとした雨雲が残っていた。

マノアフォールズへのトレッキングの予定だったが、難しそう。

お客さんをお迎えに行くと、ワイキキはすっかり晴れていた。

プナホウ・ストリートを上がってマノアの住宅街に入ると、フロントガラスに雨粒が落ちてきた。

パラダイス・パークを過ぎると雨に濡れたジャングルの匂いが強くなってきた。

トレイル入り口のパーキングに到着すると、辺りは暗くなり、雨音も激しくなってきた。

ここでコースをマカプウ岬に変更。

ハワイ大学の辺りでは雨もなく、道路はすっかり乾いていた。

H-1フリーウェイからカラニアナオレ・ハイウェイを通って、マカプウに向かう。

ハワイカイからサンディービーチまでは少し雲もあったが、マカプウ岬の上空は晴れていた。

この時期に、週に2度もマカプウ岬に登るなんて珍しいなと思ったが、トレイルの両側の雑草も青々としていて、やはりこれも今年の雨の多さを物語っているようだった。

風は気持ち良かったが日差しはきつく、汗をかいた。

平日と言うこともあって、人は少なかった。
往復でも15人ほどしか会わなかった。

アメリカ人のお母さん3人組がそれぞれ赤ちゃんを連れ、一人は乳母車で坂道を登っていた。
頂上で授乳までしているのには驚いた。

溶岩質で色の濃い海底を映したサンディービーチ側の海に比べ、マカプウ、ワイマナロ側の海は珊瑚質の白い海底に明るく、目に眩しいほどだった。

山歩きの後のグアヴァジュースは最高!


2004/09/10 (金) サークルアイランド

今日はサークルアイランド。

天気予報は概ね晴れだった。

カラニアナオレ・ハイウェイを走っていると、ココマリーナに向かうパラセイリング屋のバンが横に並び、ベトナム人の知り合いのドライバーが手を振っていた。

ベロウズビーチはアメリカ人ツアー客がはしゃいでいたが、エメラルドグリーンの海はなんとも美しく、海からの貿易風は肌に気持ちよかった。

コオラウ山脈の頂上付近は雨雲で覆われていたが、ウィンドワードもよく晴れていた。

クアロア公園のマカダミアナッツがようやく実を付けてきた。

カーアヴァ、プナルウ、ハウウラと海は深い色を出していた。

穏やかで透き通ったサンセットビーチの海を見て、珍しく人の少ないワイメアベイを見下ろした後、ラニアケアにカメを見に行くと昔同僚だったリムジンのドライバーが現れた。
お客さんにジョークを飛ばしていた。
ひとつパクッたので今度使ってみよう。

ハレイワでは別のリムジンドライバーと、松本シェイブアイスのパーキングで会った。
車の側面が少し凹んでいたので聞いてみると、クラウチング・ライオンインで車をぶつけられたらしく、「今日はツイてない」と本人も凹んでいた。

アリイビーチパークはほぼ貸切で、モンキーポッドの木の下でランチタイム。

その後ハレイワタウンでの自由時間に少しシャワーがあったが、ドール・プランテーションからH-2フリーウェイにかけても少しパラパラときた。
パールハーバーが見えてくる頃にはまたすっかり晴れたのだが、H-1では何度かシャワーに遭った。

今日は仕事中にも、仕事が終わってからもよく電話があった。
仕事中でお客さんと話をしている時には基本的に電話には出ないのだが、後で残されたメッセージを聞いてみると全て来週の鍋会の件。
アロハストリートでは私が鍋会の受付をしているので、最終的な出欠の確認電話が私のところに来る。
実は来週の鍋会は年に一度の「松茸パーティー」で、幹事のダニヤンが今日掲示板に書き込みをして、皆それを見て急に出席の電話をかけてきたらしい。

この「松茸パーティ」はここ数年の恒例行事で、年に一度鍋会の際に大量の松茸を共同購入して、松茸尽くしの料理会をやるのである。
普段$10の会費がこの時だけは$15になるのだが、それでも安い。
普段の鍋会と違って既に20名以上の出席者が確定しているので、今回はそろそろ打ち止め。


2004/09/11 (土) 9.11

朝からCNNでは、「9.11」3周年の式典の模様や、特集をしていた。

あれからもう3年なのである。

多くの犠牲者を出したテロ事件は、直接被害にあった方だけでなく、世界中に多くの影響を及ぼした。

平和産業であるツアー業界はどこも煽りを食って、非常に厳しい時期を過ごした。

そのツアー産業で成り立っているハワイでは、多くの会社が潰れ、多くの人が仕事を失った。

その後多くの努力と、時間に癒され、業界は復活の兆しを見せてきている。

圧倒的支持を受けてきた「テロとの戦い」はアメリカ人でさえその効力を疑問視し始め、この戦いが却ってアメリカを危険にしているのではないかと言う考え方が、支持者の数と拮抗してきた。

アメリカが一国主義を改め、さらに軍事力に頼る姿勢を改めなければ、今後も新たなフセインやビンラディンは現れると思う。

世界中の富の大半を支配し、世界中に軍事拠点を置くこの国が、なぜテロリストに狙われるのかを考えて行動しなければ、地球の未来は決して明るくならない。

ハワイ以外のことはあまり日記に書かないようにするつもりだったが、今日だけは世界中に色々な疑問を投げかけ、改めて罪も無い犠牲者たちに祈りを捧げたいと思う。

今日午前中と夕方にもシャワーが降ったが、ナイトドライブツアーの時間には上がり、タンタラスの丘では多くの月下美人が咲き乱れていた。

パールシティに移動する時にまた降り始め、H-1フリーウェイでも何度か激しいスコールに当たったが、夜景の公園に着くとまた奇跡的に雲が切れ、多くの星も見ることが出来た。

ラグを引いて転がってグアヴァジュースを飲み、静かな公園で湿った風を浴びていると、少し涼しいくらいだった。


2004/09/12 (日) ワイキキビーチの砂

「ワイキキのビーチは全て人工で、岩場だった所を埋め立て、島の反対側から砂を運んできて撒いた」と言うのは有名な話で、ハワイの象徴の様な場所が実は偽物だと言うことを知った時のショックは、ハワイを好きになりかけた人は誰でも経験するだろう。

「今ではオーストラリアから砂を輸入して撒いている」と言うのは、ワイキキの価値をさらに半減させてしまう事実だが、最近ではまたハワイ産に戻っていたのだそうだ。

しかしどこかのビーチから砂を運んでくるのではなく、採石場で1立法メートル当り$25から$60で市が買ったものを、ワイキキビーチまでトラックで運んでいるらしい。

ワイキキビーチは近年さらに侵食が進み、常に砂を補充していないとビーチが保てないのだそうだが、流された砂は沖合いの海底に沈み、珊瑚を殺すなど、海洋破壊をしている。

ハワイ大学の調査では、ワイキキのビーチから約600メートル沖の海底に、豊富できれいなサンドバンクがある事がわかり、長年補充してきた砂がたまった物とも考えられるらしい。

そこで10月から、ここの砂をポンプでくみ上げ、ワイキキに戻すプロジェクトが始まる。

最新テクノロジーで、吸い上げた砂を15センチほどのパイプを通してクヒオビーチに運び、集積場に貯めて乾かし、カパフルからアラモアナまでの3箇所で補充するのだそうだ。

このプロジェクトには、$50万をかけ10月一杯行われるのだそうだが、今までの採石場から運ぶより低コストなのだそうだ。

今日も午前中はシャワーがあった。

2004/09/12 (日) 大相撲

昨日から秋場所が始まった。

時差があるので初日はこちらの土曜の夜。

いっつも忘れて見ない。

今晩は2日目。

今日の解説は東関親方(元高見山)。

日本語は何をしゃべっているのかよくわからないが、あの擦れただみ声では英語も一緒。

全くわからない・・・。

アナウンサーが一瞬固まってる事がよくあるのだが、全く違う話題で繋げているので、きっとアナウンサーもよくわかっていないのじゃないだろうか・・・?

2004/09/13 (月) 松茸パーティー

今日の鍋会は年に一度の、恒例「松茸パーティー」だった。

大量の松茸を皆で共同購入して、松茸尽くしの料理を楽しむのだ。

アロハストリートの掲示板で先週から告知していたので参加希望者が多く、受付係をしている私のところにはメールや電話が多かった。

20人を超えるかもしれないと予想していたが、実際は17名。

それでもレギュラー在住メンバーに加えて、日本在住の常連さんや、初めての旅行者、学生、駐在員、「プラム会」と言う先月バーベキューパーティーにお呼ばれした集まりの方々もいらして、とても盛り上がった。

使った松茸はカナダ産で、日本のものに比べると匂いは少し劣るが、大量に焼き始めると部屋中が松茸の香りに包まれた。

「焼き松茸」の後は「松茸のスキヤキ」!
勿論牛肉も入っているが、松茸はあっという間に無くなった。

そして最後は「松茸ご飯」。

過去には「松茸のサラダ」とか「松茸パスタ」などもメニューになった事もあるのだが、今日はスキヤキに感激した。

今夜も遅くまで宴席は続いた。

2004/09/14 (火) 月下美人

このところナイトドライブツアーが多いのだが、タンタラスの丘をオプションで付ける方がほとんど。

この時期はやっぱり月下美人。

しかしあれだけ(20万本あるとか?)あるのに、全然咲いていない夜もあり、やっぱりこれも自然の運。

今晩はプナホウ・スクールの横を通った時に、既にたくさん咲いているのが見えた。

シャワーを気にしながらラウンド・トップ・ドライブを上がっていくと、早速七部咲きの花がガードレールの上にあった。

さらに上がって、車を止められる場所を探し、いくつか咲いている花の前で写真撮影。

夜景の展望台の後ろの崖の上にも、白い大きな花がたくさん咲いていた。

展望台には最近観光バスも増え、いつにも増して賑やか。

我々が車に乗り込むと雨が降ってきた。

パールシティに移動すると、そこだけ雲が切れて雨が止んだ。

静かな公園で夜空を見上げると、星が流れた。

2004/09/16 (木) モクレイア

今日は朝からよく晴れた。

モクレイアへのビーチピクニックツアー。

H-1フリーウェイを西に進み、パールシティ辺りでワイアナエ山脈が見えてくると、山の上に雲は無く、ノースの天気も期待できた。

ワヒアワからスネークロードを下ると、徐々にノースの海が見えてきた。

ワイアルア高校からまっすぐカエナ岬に伸びたファーリントン・ハイウェイを走っていると、途中で撮影隊がロケを行っていた。

アメリカのテレビドラマ「Rocky Point」のようだ。

モクレイア・ビーチパークに到着すると、今日はキャンプをしている人もほとんど無く、閑散としていた。

ビーチに出ると、見渡す限りに人は誰もおらず、完全に貸切。

木陰に陣取りラグを広げる。

シュノーケルの説明などしていると早速カメが現れた。

お客さんがシュノーケルを始めても、カメは逃げるどころか却って数を増やし、最終的には10頭近くが我々の目の前の海を泳いでいた。

中にはビーチに上がってくるのではないかと思うくらい、岸に近づいて顔を出しているのもいた。

天気はずっと良く、風も気持ちよかった。

午後にはカイトボーダーが徐々に現れ、ビーチにも釣り人など数名の姿が見えた。

途中で私も一度海に飛び込み、クールダウン。

仰向けに浮かんでいると、青い空に白い雲、そこに赤いセスナが横切った。

2004/09/17 (金) CIコンボ


今日も朝のワイキキは良い天気だった。

ワイキキのレインボーシャワーは花が少なくなってきたが、カラニアナオレ沿いにはまだ風に枝を揺らしながら花びらを散らしている木が多い。

マカプウのルックアウトに立つと、貿易風が肌に気持ち良い。

ウィンドワード・サイドは少し雲があったが、シャワーになりそうな気配は無かった。

ベロウズビーチには高校生の遠足が来ていて、いつもより賑やかだった。

「スモウ・コネクション」に行くと、アンティー・ジェンが店のTシャツをくれると言う。

実は数ヶ月前からアンティーが、ここに来るツアードライバーに、コミッションを渡し始めていた。

私はそう言うつもりでここにお客さんをお連れしているのではないので、断ってきたのだが、実際私のお連れするお客さんはここでTシャツをはじめ色々とお買い物をされる方が多い。

アンティーの話では、お客さんを連れてきても、写真だけ撮ってコミッションを持ってすぐに出て行ってしまうリムジンドライバーなどがいて、そういう連中よりは私にキックバックをしたいと言うのだ。

ではコミッションの代わりに今度Tシャツを下さいと言ったら、今好きなのを選んで持って行けと言うので、一つもらってきた。

ドール・プランテーションやマツモト・シェイブアイスなどのTシャツはたくさん持っているのに、スモウ・コネクションのは1枚も無かったので結構嬉しかった。

カネオヘを抜け、クアロア・パークに着くと、人は少なく、海も引き潮で美しかった。

カーアヴァ、プナルウも海は引き込まれるような色をしていた。

サンセットビーチに着いて、やわらかい砂の上を水際に向かって歩いていると、後ろからシャワーが降ってきた。

見上げると大きい雲ではなかったのでそのままビーチにいたが、結局皆かなり濡れた。

服が汚れる訳でも匂いが付く訳でもなく、風邪を引くような冷たさでも無い。

3分ほどでシャワーは通り過ぎたが、ローカルには何でも無い事。

旅行者には、ハワイで雨に濡れた事は、旅の思い出になってしまう。

ハレイワに入り、アリイビーチパークに行くと、今日はここで「Rocky Point」の撮影隊がいた。

大型のトレーラーが何台も止まっていて、スタッフもたくさんいたが、ちょうどランチタイムの様だった。

我々もモンキーポッドの木陰でプレートランチ。

濡れた服はすっかり乾いていた。

マイナバードが鳴いていた。

食後はドール・プランテーションに行き、デザートを食べた後、再びハレイワに戻って自由時間。

ポリトレで探し物をしていると、最近ここで働き始めたスノーと言う女の子が手伝ってくれた。

実はお客さんが、ウクレレの形をしたネックレスを探していたので、先にチェックしてみたのだ。

以前は置いてあったのだがどうやら売り切れてしまったらしく、スノーは「ウクレレの形のキーホルダーに紐を通してはどう?」と提案してくれたが、キーホルダーはちょっと大きい。

そこへ店のオーナーのバイロンが現れたので聞いてみると、「本物のウクレレにロープを通してはどう?」と、まじめな顔で答えていた・・・。

その後はゆっくり本を読んでいると、OIGのアニーが出てきた。

船の仕事がまだ見つからないと嘆いていたが、それまではここで頑張るそうだ。

6時になっても今日は日本人観光客が数組ハレイワにいた。

我々はサンセットビーチに移動。

水平線には雲も少なく良い感じだったが、やはり最後は少し雲が出た。

これから夕焼けが出るかなと思っていたら、いきなりシャワーが降ってきた。

今度のは少し長そうだったので慌てて車の中に避難。

今日は2度もここでシャワーに当たった。

帰りのフリーウェイはこの時間なのに、カリヒのマージの前から混み始めた。

シャワーは断続的だったが、今日はワイキキでアロハフェスティバルのイベント、「ホオラウレア」の祭りが行われていて、まさかそれに行く人の渋滞かと思ったが単なる自然渋滞で、マキキ辺りで収まった。

しかしカラカウアに入ると再び混み始め、私は裏道を使ってお客さんをホテルにドロップ。

夜空に3日月が浮かんでいた。


2004/09/20 (月) シャブシャブ

仕事を終えてワイキキの鍋会に行くと、まだシェフが仕込みの最中だった。

なんだか時間を間違えて少し早く行ってしまったのだ。

今日もウェブで告知した書き込みを見て、数組の初参加者が来る予定。

7時半を過ぎると続々と集まり、20人近くになった。

今晩のメニューはシャブシャブ。

なんと生まれて初めてシャブシャブを食べるという人もいた。

アメリカは日本に比べて肉が安いので、ステーキは最も簡単な料理として、私も渡米したばかりの頃はよく食べていた。

薄く切ればシャブシャブになるのだが、ここが問題。

アメリカの精肉売り場では、日本のシャブシャブの様な薄さの肉は売っていない。

ダイエーに行くと一応「シャブシャブ用」と言う肉もあるのだが、「スキヤキ用」と全然変わらないのだ。

実は鍋会にはちゃんと肉切りスライサーまである。

半解凍状態の肉を一番薄く切れば、これはもう日本のシャブシャブの薄さ。

肉に比べてポン酢や胡麻ダレの方が高級品なのだが、これをつけて頂けば気分は日本。

今日も何度もシャワーがあった。

2004/09/21 (火) サークルアイランド

今日は朝から良い天気だった。

ダイアモンドヘッド沖には3フィートほどの波。

風は弱かった。

マカプウのルックアウトでもそれほど貿易風を感じなかったが、ワイマナロのビーチでは気持ちの良い海風が吹いていた。

クアロアでも風は快適だった。

ミロの黄色と赤の花が揺れていた。

今日も東海岸はエメラルドグリーンの海がひっそりとしていた。

ノースはさらに天気が良く、ビーチの砂が眩しかった。

サンセットは沖に4フィートほどの波が上がっていて、ロッキーポイントにもサーファーがいた。

シャークスコーブはスキューバダイバーの車が多く、ププケア、ワイメアは海も大人しかった。

ハレイワは人も少なく、空気までのんびりしている様だった。

ドール・プランテーションにいると、シャワーが降ってきた。

赤土の匂いが濃くなる。

帰りのH-1フリーウェイからは、大きなダブルレインボーが見えた。


2004/09/22 (水) 冷麺

最近ケアモクにある「ユッチャン」と言う韓国レストランに凝っている。

ここは冷麺が売りなのだが、他の何を食べても大体美味しい。

冷麺は麺に「葛(くず)」を使っていて、少し黒っぽく、歯ごたえも良い。

さらにスープに氷を入れて冷やすのではなく、スープ自体が凍っていて、シャリシャリとしている。

このスープもとても美味しい。

お客さんと行ったり友人と行ったりで、このところ毎週1度は通っている。

店員やお客さんの大半は韓国人で、流れるBGMも韓国のポップスだったり、韓国系の新聞が置かれていたりで、気分はもうすっかり韓国。

最近は日本人のお客さんも多いので、表の看板にも「激ウマ!葛冷麺」なんて書いてあったり、メニューに日本語バージョンも出来たのだが、観光客より在住者の方が目立つ気がする。

熱々のキムチチジミに冷たい冷麺の組み合わせがマイ・ブーム。

今日もシャワーが多かった。


2004/09/23 (木) サトウキビ

新聞によると、今週リングル州知事が「エタノールガソリン法案」と言うのに署名をした。

2006年から施行されるこの法律は、ハワイ州で販売するガソリンに、エタノールを10%添加することが義務づけられる物で、原油への依存度を減らす必要性から生まれたそうだ。

エタノールはシュガーケイン・アルコールと呼ばれ、サトウキビで作るアルコール。

年間3500万ガロンが必要になるそうだが、ハワイ州で製造が可能だそうだ。

ハワイで燃料が作れると言うのは素晴らしい。

しかしハワイでは既にサトウキビ畑はほとんど無い。

ところが今はマウイ島だけだと思っていたのだが、カウアイ島でもシュガーケイン・プランテーションが残っているのだそうだ。

そう言えば、私がオアフ島に住み始めた10年前には、ノースをはじめ、あちこちでサトウキビ畑が風に揺れるのが見れた。

先日は、取り壊し中だったカフクのシュガーミルの、赤い煙突も倒されていた。

バナナやトウモロコシなどへ転作の進む元サトウキビ畑だが、いまだに放置されている畑も少なくない。

これがまたサトウキビ畑に復活する日がやってくるのだろうか?

今日も雨が多かった。


2004/09/25 (土) サークルアイランド

今日も朝のワイキキはとても良い天気だった。

ワイキキではサーフィンの大会や、ビーチバレーのイベントなどが行われ、カピオラニ公園でも何か屋台が出ていた。

ダイアモンドヘッドロードにはジョギングの人が多く、ダイアモンドヘッドビーチにはサーファーが多かった。

カハラのピンクのハイビスカスの垣根を見て、カラニアナオレ・ハイウェイに入る。

ハナウマ湾は土曜のこの時間にしては珍しく、パーキングがまだオープンしていた。

サンディービーチからモロカイ島を望み最初の記念写真。

マカプウのルックアウトにはリムジンが数台止まっていた。

マカプウビーチには4フィートほどの波が立っていた。

大きく開けた窓から貿易風を入れながらの、ウィンドワード・ドライブ。

海の色も深く、綺麗だった。

土曜と言うことで、プナルウやカーアヴァのビーチには少しローカルが出ていたが、どこものんびりムードだった。

ノースに入って、サンセットビーチには、ロッキーポイントに少しサーファーがいたが、海はまだまだ穏やかで、水際で子供や犬が遊んでいた。

ワイメアの路肩は車で一杯だった。

ラニアケアは水が濁っていたが、海がめは相変わらずたくさん泳いでいた。

ハレイワのアリイビーチパークはローカルのパーティーが多かったが、ちゃんと木陰のピクニックテーブルを確保して、風を浴びながらのランチタイム。

ハレイワ・タウン内での自由時間に入る時、ちょっとパラパラとシャワーが流れてきたが、傘を差すほどでもなかった。

ドール・プランテーションは今日もとても混雑していたが、パイナップルジュースを飲みながら休憩。

最近は毎回ドール・プランテーションでパイナップルジュースを飲んでいる。

パイナップルはお腹の調子を整えるのだそうで、確かに調子が良くなる。

H-2、H-1フリーウェイを通って、今日は最後にモアナルア・ガーデン。

広い公園は人も少なく、鳥の鳴き声だけが響いていた。

夜はとても明るい月が昇っていた。

2004/09/27 (月) クリオウオウ

ワイキキからカラニアナオレ・ハイウェイを東へ走ると、ハワイカイの手前にクリオウオウと言う渓谷と住宅地がある。

谷間の住宅地に入り、コオラウ山脈の麓まで来るとトレイルの入り口がある。

今日は久しぶりにこのクリオウオウ・トレイルを歩いた。

ここはダイアモンドヘッドクラブで催行しているトレッキングの中では一番ハードなコースで、登りが2時間下りが1時間半の中級向けだ。

実際山によく登っている人に言わせると、ここはまだ初級コースなのだそうだが、マカプウやダイアモンドヘッドに比べるとやっぱりきつい。

トレイルの入り口にはポストがあり、その中に入山者がサインをする用紙が入っている。

見ると1時間ほど前に入っている1組がいるだけだ。

ハオレ・コア、グアヴァやノニの木が茂る森の中に入り、スイッチバックのトレイルをひたすら歩く。

すぐに山をジョギングしながら降りてくるカップルとすれ違った。
1時間前に山に入ったのに、もう降りてきたのかと驚いたが、その後に別の組とすれ違ったので、レジストレーションしないで入る人もいるようだ。

時々クリオウオウの住宅街と、その先の青い海が見える。

今日は風が強くて気持ち良く歩けた。

シダからアイアンツリー、さらにクックパインと、植生も徐々に変わり、1時間ほど歩いたところで山小屋に到着。

少し息を整える。

ここからは直線的なルートが始まる。

階段があったり、ロープが渡されていて掴まりながらよじ登る場所などもある。

数歩歩くと一旦止まって後ろを振り返る。

ダイアモンドヘッドやココヘッド、ココクレーターが見えてくる。

さらにはハナウマ湾、ハワイカイの住宅地、ハワイカイの海で走り回るジェットスキーの軌跡やパラセイリングなども見えるようになる。

標高は550メートルを超え、細い尾根を進む。

オヒア・レフアの赤い花が咲いている。

ひっそりと咲く蘭の花があった。

そして608メートルの頂上に到着すると、コオラウ山脈の反対側から貿易風が吹き上げてくる。

カネオヘからワイマナロ、マカプウ、サンディービーチも一望。

ワイマナロの海の色はどこまでも青かった。


頂上でスパム結びを食べた後、下山途中に再び山小屋で休んでいると、1台の自転車が上がってきた。

このトレイルはジョギングもいれば自転車も登ってくるのである。

すると自転車の人が「JUNちゃーん!」と声をかけてきた。

友人のジョンだった。

元ハウス・メイト、元同僚でもある彼が自転車に乗ることは知っていたが、ロードバイクの専門だと思っていたので、こんな山奥で偶然出会った事には驚いた。

トレイルの入り口で私の車を見つけ、会うかも知れないと思って登ってきたとの事。

自転車はこの山小屋までが限界で、彼は一息つくとすぐに降りていった。

1時間半ほどかけて山を降りると、いつものようにグアヴァジュースを一気飲み。

最高!!


2004/09/28 (火) BANZAI SUSHI BAR

今日はCIコンボ。

朝からとても良いお天気だった。

サンディービーチにはすぐ目の前に4フィートほどのショアブレイクが上がり、豪快に音を立てて崩れていた。

東側の海は比較的静かだった。

ベロウズビーチは他にはほとんど人が無く、のんびりとしたムードだった。

「スモウ・コネクション」では、アンティー・ジェンが新しいビジネスの話をしていた。
なんと、お見合いのシステムを作るそうだ。
今まで個人的に仲人をしてきたカップルが多いらしく、ビジネスにしようとしているそうだ。

クアロアパークでは後ろの山に雲が全く無く、稜線も綺麗に出ていた。

カーアヴァ、プナルウの海は今日も素晴らしい色を出していた。

サンセットビーチは4フィートほどの波。
ビーチは観光客で賑わっていた。

ほぼ貸切のハレイワ・アリイビーチパークでランチの後、先にドール・プランテーションに行き、ハレイワタウンに戻って、一時解散。

夕陽の時間まで2時間半以上あるのでゆっくり本を読もうと思ったら、先日1冊読み終えて新しいのを持ってくるのを忘れていた。

ポリトレやOIGを覗いて顔見知りとおしゃべりしていたら、ノースショアマーケットプレースの奥に建築中だったレストランが先週末にオープンしたと言うことで、行ってみた。



噂どうり日本食レストランで、表には「SUSHI BANZAI BAR」と書いてある。
店の入り口横に、オープンスペースのフローリング・ダイニングがあり、小さなテーブルと座布団が並んでいる。
店の中に入ると、ここにも幾つかのテーブル席と、ソファ、そして寿司カウンターがあった。
雰囲気はまずまずで、ノースの小金持ちなどには受けそう。

シェフらしき人がいたので尋ねてみると、私の事を見て軽く会釈をした彼の名前はロイ。
カリフォルニアとホノルルの寿司屋で働いていたのだそうだ。
本当の店の名前は「BANZAI SUSHI BAR」なのだが、表の看板は順番が違ってしまったようだ。
このいい加減なところがハワイらしい。
客は一人もいなかったのだが、ランチタイムの後で、ディナーまで休憩時間らしい。

テイクアウトのメニューをもらって内容をチェックした。
値段はまあまあ。
観光客というより、やはりローカルをターゲットにしている感じ。
味はわからないが、メニューに幾つか間違いがあるのを発見した。
たとえば「ANAGO(あなご)」が「ANGO」と記されていたり。
そこで再び店の中に入ると、今度はマネジャーだという女性が出てきたので、メニューの間違いについて指摘してあげた。

その後OIGのアニーちゃんとおしゃべりしていると、ロイが「先ほどはありがとう。これを食べてください。」とテイクアウト用の箱を渡された。
中には鉄火巻きとお新香巻き。
お新香巻きはシソの葉も一緒に巻いてあったり、ワサビやガリの置き方など、一応ちゃんと寿司屋の経験がある感じだった。

ノースショアで寿司なんか食べられるとは思わなかった。

サンセットビーチに向けて移動する頃には、ディナーの客が入り始めていたが、ノースには日本食が無かったので是非成功して欲しい。

さてサンセットビーチに移動すると、観光客は減りローカルが集まってきていた。

水平線に雲は少なく、期待通りの素晴らしい夕陽が見れた。





ワイキキに戻ってくると、やっぱりここは本当のハワイではない気がした・・・。



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