ハワイ日記2005年10月



2005年10月02日

Yoshi

ハワイで知り合った日本人の友人Yoshiは今は結婚してフロリダに住んでいる。

私のスカイダイビングの師匠でもあり、親友でもある彼が奥さんと子供を連れてハワイに来た。

6年振りに再会した彼の腕には、初めて会う可愛らしい女の子が抱かれていた。

ハリケーンの多いフロリダに飽きてきて、またハワイに戻る計画を立てているようだが、今回はその下見。

今晩はとりあえず他のスカイダイビング関係の仲間たちと一緒に、マッカレーの「カメリア」に焼肉を食べに行った。

その後は場所をうちに変えて少し飲んでからそれぞれ帰っていった。

私の夜はまだ終わらず、うちの近所の「クラブS」で頼まれバイトをしている友人のT兄さんの所にM姉さんと陣中見舞いに行った。


9月もお終いだが、今月もずいぶん忙しかった。

ツアーだけではなく、夜の用事が多かった気がする。



2005年10月03日

兄弟会

久しぶりに日本から義理の兄貴達がやってきた。

朝ホノルルエアポートに迎えに行くと、ちょうど良いタイミングで出てきたKT、スラッキーと再会。

雨は降っていなかったが生憎の曇り空で、午前11時前からいきなり我が家で「お気楽3兄弟新年会(?)」が始まった。

まさに一年ぶりで3人が揃った訳だが、今回の仕事の打ち合わせも兼ね、午後3時にはもうお開き。

今回もカレンダーなどの撮影が始まる。



野球

一時はプレーオフ進出さえ危ぶまれていたヤンキースが見事な逆転で地区優勝を飾り、4人の日本人選手がプレーオフでワールドシリーズを目指すという、大リーグは盛り上がっている。

日本のプロ野球も阪神ファンにとっては日本一を目指して盛り上げっている所だろうが、巨人ファンにはさらに寂しい状況になってきた。

先日「星野氏が巨人の監督になったら巨人ファンを辞める」と言ったのは、「打倒巨人!」を目指して中日、阪神と渡って来た星野氏が巨人の監督になるということは、いくらなんでも考えられなかったが、星野氏としてはお誘いがかかって悪い気はしなかったはずで、まず星野氏を呼ぼうと考えた時点で巨人のフロントのファンを無視した行動に腹が立ったのだ。

思い起こしてみれば、私が最初に巨人に触れた「王・長嶋」の時代が終わった後、長嶋の後に張本が入ってきた時点で、巨人育ちと言う血が薄くなった。

もっと年配の方は金田の事を言うかもしれないが、他チームで活躍した選手を引き抜くことは即実践的な選手を集めることにはなるが、ファンにとっての愛着は薄くなる。

去年からは清原、ローズ、小久保、江藤と他チームで4番を打っていた選手を集めただけの打線に、高橋ヨシや阿部がくっついた形のオールスターゲームのようなラインナップだった。

これがすぐに強くなると考えるのはフロントだけで、そもそも堀内監督にまとめられる筈も無いことは海の向こうの私でさえ予想がついた。

それでも個人的な人気は抜群だった清原もとうとう戦力外にされ、元木や清水のような生え抜きまで切られ、ファンは原監督が戻ってきたところで誰を応援したらよいのだろう。

生え抜きの若手を育てると言う姿勢は素晴らしいが、ファンの気持ちを考えたら、戻ってきてしまったナベツネが一刻も早く身を引くことだろうと思う。

巨人は東京フランチャイズと言う、最もファンを集めやすい所にいる訳なのだから、まず地元に応援されるチームになって欲しい。

さあこれからは大リーグのプレイオフが楽しみ〜!



2005年10月04日

Yoshi2

今日はYoshi家族を連れ出し午後から出かけた。

天気もぱっとしなかったし、日曜で混みそうなのでビーチはパスして、カカアコのウォーターフロントパークに行った。

行きにランチを買っていこうと思いワードエリアを流すが、どこも車を止められる様な場所が無く、結局サンドアイランドの入り口まで行ってプレートランチを購入し、カカアコに戻ってきた。

ここは日曜でもそれほど人は多くなかった。

愛媛丸の碑のある丘のすぐ下の、海の見えるピクニックテーブルとその周りにラグなどを引いて、子供と遊びながら旧友と楽しい時間をすごした。

カカアコのウォーターフロントパーク

夜はハワイカイの「バレ」でベトナム料理を食べ、その後はうちで語り合った。

夜風は少し涼しくなり、秋の気配を感じさせた。



2005年10月05日

撮影

午後からKTの撮影に同行した。

今回は事前にほとんど内容についての打ち合わせが無かったので、その場その場で私が行き先を決めて、良い撮影スポットがあったらそこで取ると言う感じだった。

最初はタンタラスの丘に登った。
人の少ない展望台で街中の暑さから逃れて撮影の後、ダウンタウン・ホノルルを回ってカカアコの公園へ行った。

カカアコの公園

おとといの日曜ともほとんど変わらず、人は少なかった。

その後はパリハイウェイからウィンドワードサイドに出て、平等院に行った。

平等院

最後はコオラウ山脈の後ろに陽が隠れて終了。

東回りでマカプウを回るとサンディービーチはまだ少し明かりが差していたが、沈む夕陽を追いかけるようにホノルルに戻り、「ゆっちゃん」で冷麺を食べて帰った。

綺麗な夕焼けが出た。

夕焼け



2005年10月07日

レイニーシーズン

ハワイでは10月の終わりから3月の終わり位までが「雨季」になる。

といっても日本の梅雨のように雨季の間中毎日しとしとと降る訳ではなく、どちらかというと雨季の入りとお終いにまとめて降って、後は朝晩のシャワーが多くなる程度のものだった。

昨年今年とお正月にかなり降ったのは、普段なら雨季の中休み的な時期だったので珍しく感じられたのだ。

だが、これも地球温暖化のせいかもしれないが、ハワイの気象も少しずつずれているようで、今年は9月半ばからシャワーが多くなり、この2〜3週間は既に雨季のようである。

9月のうちはただ雨が多いという感じだったが、10月に入ったのでローカルも「今年の雨季は早い」と言っている。

昨日修理に出した「太郎」が結局今日の夕方まで仕上がらなかったので、私は昼間はほぼ家にいたのだが、ワイマナロまで行ったKTとスラッキーの話によると、東海岸はかなり天気が悪かったらしい。

一応明日は晴れの予報が多い。

夕方BBQの予定なので是非晴れて欲しい。



2005年10月08日

BBQ

午後3時ダイエー集合ということで、私はちょっと前に向かうとパーキングで兄貴達にばったり。

なんだか私にも久しぶりのダイエーだったのだが(多分2ヶ月振り?)、相変わらず賑わうスーパーの中を野郎ばっかりでカートを押して回り、食材を調達。

私のアパートに戻って下ごしらえしながらヤンキースの試合を観戦。

何度もさっとシャワーの降る微妙なお天気で、ダブルレインボーさえ恨めしい感じだったが、アッパーマキキの大ちゃんのコンドに着くと止んでいた。

届いたばかりの干物や牡蠣、チキン、ビーフ、玉ねぎ、ピーマン、マッシュルームとタロイモパン。

つまみにアヒ・ブリポキ。

なるべくシャワーのかからないエリアを陣取って始めたが、それでも何度か小雨には濡れた。

「天使の誘惑」、「魔王」なんていうヤバイ焼酎が空になる頃に、シャワーが一度激しくなったので、半分片づけをしながらプールサイドの屋根のあるエリアに移動。

金星を追いかけるように細い月が傾いていく頃終了。

あーお腹一杯。



2005年10月09日

サーフ・トラフィック

ワイキキを含むサウスサイドには、今日までの予報で4フィートほどの形の良い波が入っている。

おそらく今年最後のサウスの波になりそう。

するといよいよハワイのサーフィンはノースショアに舞台を移すことになるのだが、ノースショアの住民が頭を痛めるのはサーフ・トラフィックと呼ばれる渋滞。

このサーフ・トラフィック(波乗り渋滞)は、サーフィンをする人、見る人、大会などの関係者、さらに野次馬などでカメハメハ・ハイウェイが詰まってしまうことを言う。

何しろハレイワからサンセットビーチまで行くには他に迂回路が無い。

片道1車線の道路はすぐに渋滞して、普段15分で行ける距離に1時間以上かかることもある。

今年は夏にもカム・ハイウェイが渋滞したことがあった。

原因はタートル・ビーチとも呼ばれるラニアケアビーチ。

この数年の保護活動の成果で、ウミガメが昼間でも平気でビーチに上がってきている事もある名所。

私もツアー中ここを通るときは大抵立ち寄っているスポットだが、確かに人は増えている。

道路の山側のパーキングは今年少しだけ整備され、駐車できる車の台数も増えたのだが、道路を横断する人間や、パーキングへの出入りの車で流れを妨げてしまっている。

このあたりには山側に民家が無いので、バイパス道路を作る計画が出ているそうだ。

ラニアケアは元々サーフポイントで、冬になればカメ見物の観光客以外にサーファーも戻ってくる。

しかし今年はまだ渋滞からは開放されないようだ。



2005年10月10日

マイラン

今日はお昼までに仕事を済ませると、午後1時半からニューヨークでのヤンキースの試合をテレビに噛り付いて見た。

静かな日曜の午後に家でスポーツ観戦というのはアメリカのオッサンスタイルだが、シリーズの成績を五分に戻したヤンキースを見届けると、夕方にロケハン、その後は別のミーティング、最後にKTとスタッフ総勢10名で「マイラン」に行きディナーとなった。

店に入ると、オーナーシェフのサムさんに「JUNさ〜ん、久しぶりねぇ。元気してた?」と肩をたたかれたが、確かにここに来たのは凄く久しぶりの気がした。

時々お客さんに紹介はしているが、自分が行くベトナム料理は「バックナム」か「バレ」に偏っていた。

「バックナム」にはリカーライセンス(酒を出す許可)が無いので、こう言った会食の場合は「マイラン」がベター。

相変わらずほとんどが日本人客だったが、スタッフも変わらず、日本語が多少わかるのはサムさんだけ。

今日は生春巻、生パパイヤ・サラダから始まって、牛肉のしそ巻き、ベトナム餃子、空心菜炒め、エビチリ、ビーフ・フォーで、デザートはマンゴー。

「バンバー」と言うベトナムビール数十本とと赤ワインが3本半空いた。

「もっとお客さん連れてきてね〜」とサムさんに言われながら店を出ると、半分くらいになってきた月がアラモアナタワーの上に架かっていた。



2005年10月11日

ロケ

午後からKTのロケ。

ハナウマ湾の先からサンディービーチにかけて数ヶ所で行った。

途中スコールに当たったり、撮影用の車が砂にはまって動けなくなったり、軽くハワイの神様にからかわれながらも無事に前半終了。

ココマリーナの「タコベル」で野郎ばっかり8人で遅めのランチの後一時解散。

後半はマキキで夕方の撮影。

今度はタイミング良くレインボーも出てくれて、こちらも無事終了。

ディナーは、「あっさりした物が食べたい」という40代後半から50代のおじさん達の意見でワイキキの「藪そば」になった。

「藪そば」は昼間は何度か来たことがあったが、夜は初めてだった。

実は私にとって日本そばは昼間食べるものなので夜にはここに来る発想さえなかったのだが、ランチは毎日そばでも構わないと思っているほどそば好きの私が現在そばが切れていて、ちょっと久しぶりだった。

ワイキキ滞在の方たちはお酒も大分進んでいるようだったが、夜の「藪そば」はちょっと居酒屋の雰囲気だった。

今日も東寄りのトレードが強い。



2005年10月13日

LAKERS

今日も昼から何度もシャワーが降り、気温も上がらなかった。

ヤンキースが負けて、私の今年の野球シーズンは終了して、バスケットボールのシーズンが始まった。

今年もロスアンゼルス・レイカースがハワイでキャンプを行い、今日はハワイ大学スタンシェリフセンターで行われたゴールデンステート・ウォリアーズとのプレ・シーズンゲームを見に行った。

Lakers

先週末までラジオでチケットセールスの宣伝をしていたのだが、会場は9割ほどしか入っていなかった。

真正面の良い席をゲットしていたが試合のほうは散々で、今シーズンも厳しい状況になりそう。

しかし初めて生でコービ・ブライアントを見ることが出来たのは嬉しかった。



2005年10月14日

DA KINE DICTIONARY

昨日のレイカースの試合は、正直言ってファンとしてはそれ程面白いものではなかったのだが、実は試合中笑いがなかなか止まらなかった。

私のすぐ後ろに座っていたのは、ローカルのグループ。

それがフィリピン訛りのピジン・イングリッシュバリバリで、会話がマジで面白かった。

こちらが気合を入れて応援してても、かなり間の抜けた声が聞こえてきたりすると、どうしても笑ってしまった。

これはピジンが全然わからない人だったら気にならなかったかも知れないが、中途半端に理解できてしまうもんだからその響きに吸い込まれていたのだ。

実は先日「サムズクラブ」で買った本が「DA KINE DICTIONARY(ダ・カイン辞典)」という、ピジン・イングリッシュの辞書。

DA KINE DICTIONARY

以前ここでも紹介した「PIDGIN TO DA MAX」(1981年)の2005年版とでも言うべき内容で、挿絵ではなくて豊富な写真で説明がされ、ハワイ弁とハワイのローカル文化の勉強には最適の本だった。


昼間はそれぞれ別の仕事の後、夕方KTとKOZO SUSHIで寿司を買ってうちで食べながら飲んだ。

仕事も終わってスタッフは皆帰国したので、今晩はサシだった。

先週NGNでやってた「Human Audio Sponge」(YMO)のライブをビデオで見ながらイイ調子で酔っ払った。

月が雲の間に見え隠れしていた。



2005年10月15日

CIコンボ

天気予報では雲が多いとの事だったが、朝から良く晴れていた。

カラニアナオレ・ハイウェイをハワイカイ方面に走ると、街路樹の椰子の木が大きく揺れていたが、マカプウに回ると風は穏やかになった。

ベロウズビーチには高校生の遠足が来ていて賑やかだった。

「スモウ・コネクション」に行くと、ようやくあの「7Dドライマンゴー」が入荷されていた。

今日はアンティー・ジャンがミュージックCDの整理をしていたので覗いてみると、70年代からのモータウンだった。

アンティーはこういうのも聞くんだなと思っていると、「貸してあげるから、いくつか持って行きなさいよ」と言われたので、「では」といくつか選んだのだが、結局お客さんの写真を撮っている間にすっかり忘れてしまった。

カネオヘ・ベイは赤土で真っ赤になっていたが、クアロアを過ぎるとエメラルドグリーンの海がとても美しかった。

昨晩はノースショアに15フィート以上の波が上がっていたらしいが、サンセットは7〜8フィートだった。

それでも夏に比べたらかなりの大波で、サーファーも少なかった。

ワイメアにも幅の広いショアブレイクが入っていて、大きな音を立てて崩れていた。

チャンズリーフが一番人が多かった。

ハレイワでランチを食べているとどこから流されてきたのか、さっとシャワーが降ってきたが、すぐに止んでマイナバードがまた騒いでいた。

ドール・プランテーションに行くと、いつもおしゃべりをしている貝殻細工のショップが今月一杯でクローズになるそうだ。

3人の売り子たちは職探しをしているらしい。

パイナップルジュースを飲みながら真珠売りのステファニーと駄弁った後、ハレイワタウンに戻る。

散策時間の後はラニアケアビーチにウミガメを見に行く。

大きなカメが2頭ビーチで爆睡していた。

サンセットビーチに戻ると、波は10フィートを超えていた。

夕陽を見に来たローカルだけでなく、サーフィン見物に来た観光客もまだ多かった。

水平線の雲もほとんどなく、ほぼ完璧なサンセットを見ることが出来た。

サンセット

帰りのフリーウェイもとてもスムーズだった。

月が明るい。



2005年10月18日

松茸祭り

鍋会恒例、年に一度の「松茸祭り」が開かれた。

今年はメンバーの都合で土曜日の開催になった。

普段の会費は$10だが、この日に限っては$15になる。

それでも昨年までの評判を聞きつけて、今年は早くから参加希望の予約が多かったが、16名での暑い夜となった。

前菜は準レギュラーのSさんが作って持ってきてくれた天ぷら。

これだけでも家庭の味で涙物だったのだが、用意された松茸が出てくると、一同息を呑んだ。

昨年まではやたら大きな物をいくつか用意したのだが、今年は小振りな奴でカナダ産を約1キロ。

松茸1

最初は「焼き松茸」。
昨年の大振りの物は香りが弱かったが、今年のはいきなり食欲をそそられる匂い。

松茸2

焼き上がる間も無く参加者はその食感を楽しんだ。

続いては「松茸のパスタ」。

松茸3

もうこれは究極の贅沢とも言える。

そして思わず感嘆の声が上がった「松茸のスキヤキ」。

松茸4

これはもう説明不要。
美味しかった。

そして閉めは「松茸の炊き込みご飯」。

松茸5

日本でもこんなに贅沢には食べられない代物をハワイで頂くのは不思議な感覚だが、ハワイ在住者だけでなく、昨年に続き日本から参加の人や、この日の為に帰国日を延長したカップルもいた。

お酒の持ち込みも多く、とても盛り上がった。



サークルアイランド

朝から良いお天気だったが風が弱く、予報でも風向きは安定しないようだった。

カピオラニ公園ではマラソンか何かのレースがあったようで、ゼッケンを着けたランナーが走っていた。

カラニアナオレ・ハイウェイのレインボーシャワーはほぼお終いだったが、プルメリアはまだたくさん花をつけていた。

日曜にしては珍しくハナウマ湾の入り口には警備員の姿がなく、観光客の少ないシーズンだと言うことを感じた。

サンディービーチには3フィートほどのショアブレイクが入っていたが、うねりは少なく、ブローホールは静かだった。

マカプウに回ると緩やかなトレードウィンドが海から吹いてきた。

ウィンドワードのお天気もまずまず。

ベロウズビーチは波もほとんどなく、エメラルドグリーンの海に白い雲が模様のように点々としていた。

クアロアパークで自然教室の後のドライブは今日も海が綺麗だった。

窓から車内に流れ込む風も気持ち良く、時よりすれ違うモーターサイクルクラブのツーリングの集団がやたらうるさく感じられた。

ノースショアの波は先週に比べて落ちていた。

サンセットのポイントでは4〜5フィートで、水際では普通に泳いでいる人達が多かった。

ラニアケアも人出が多かったが、餌場の岩場ではウミガメが何匹か必死に岩に噛り付いていた。

ハレイワに入り、アリイビーチパークではサーフィンの大会が開かれていた。

パーキングは一杯だったが公園のいつもの木陰は空いていて、風を感じながらピクニックランチ。

ハレイワ・タウンでの散策時間が始まると風が弱くなって少し蒸し暑かった。

ドール・プランテーションでは、私はいつもパイナップルジュースを飲んでいるのだが、今日はちょっと違うものが飲みたくなり、メニューにあった「パイナップル・アイスティー」なるものを頼んでみたら、パイナップルジュースとアイスティーを混ぜただけの物だったのだが、これが意外と美味しかった。

帰りはフリーウェイの渋滞もなく、あっという間に戻ってきたが、ワイキキは相変わらず賑やかだった。



2005年10月19日

党首討論

遅い夕食を済ませてからテレビをつけるとNGNで国会中継が始まった。

小泉対前原の党首討論。

途中までは相変わらずの余裕の小泉節だったが、日中関係の話になってから前原がスパートをかけた。

いや〜、面白かった!

じゅんちゃんピン〜チ!!

靖国参拝は悪いとは思わないが、その説明をちゃんとしないから中国や韓国に言われっぱなしで、結局関係は確実に悪化している。

将来のビジョンを持った、大局的な前原の意見は面白かった。

これは日本では夕方の5時くらいだからライブで見てる人って多くは無いと思うが、時々NGNでは放送される。

一杯飲みながらの国会中継は小泉が首相になってから面白いが、民主党の前原代表は田中真紀子以来の存在感だった。

鳩山、菅、岡田のそれぞれの元代表よりも攻め方が上手かった、と言うか小泉の後は再び政局になるかも知れない。

今後の民主党の勉強次第か?



サークルアイランド

今日はカハラからスタート。

ワイアラエビーチパークの横を過ぎれば、すぐにケアラオルAve.に右折。

白やピンク、黄色のプルメリアの咲く住宅街を過ぎるとワイアラエ・カントリークラブの垣根が見えてくる。

ピンクのハイビスカスが乱れ咲いているが、この時間はまだ8分咲き。

カラニアナオレ・ハイウェイに入ると白いバンが横に並んでクラクションを鳴らしている。

ドライバーの知り合いのゼンちゃんがシャカ!

カラニアナオレはココマリーナにマリンスポーツのベースがいくつもあるので、顔見知りのドライバーに会う機会が多く、ハワイカイまでの間は挨拶する事が多い。

まあ「太郎」があの辺りではちょっと目立ち過ぎているのかもしれない・・・。

さて、火曜日と言うことでハナウマは休み。

しかしサンディービーチも混んではいなかった。

マカプウヘッドの工事はずいぶん進んできたが、歩く為に入ることは出来なさそうだ。

ウィンドワードのトレードは弱かったが、湿度は高くなかった。

ベロウズビーチは車5台。

波も弱く、週末だったら物凄く混みそうな条件だったが、ほぼ貸し切り。

ビーチパークを出る時には管理局の前でいつものブラダーが外で椅子に座ってシャカ!

「スモウ・コネクション」でアンティー・ジャンに週末に忘れていたCDを借りて、カネオヘ、ヘエイア、ワイアホレとまだ赤土の色の残るカネオヘベイをドライブしクアロアパークへ。

最近はマイナバードよりもスティルト(シギ)の方が数が多い。

9月頃になると渡ってくる鳥で・・・と言う事だけはわかっているのだが、私も生態はよくわからない。

冬の間はここのマイナバードやカージナルはどこに行ってるのだろう?

ココ椰子の花などを説明して、やはり今日もカーアヴァ、プナルウの美しい海を見ながらのドライブ。

朝ネットで見た波予報では、ノースショアは3〜12とバラバラだった。

実際はサンセットは4〜5フィート。

海水浴もOK。

ワイメアはショアブレイク2フィート。

チャンズリーフは3フィート。

一番はラニアケアで8〜10フィート。

タートルビーチもうねりが入り濁っていて、人出が多かったが、必死に餌のリムに食らい付くウミガメが2頭いた。

アリイビーチパークに入っていくと、いつものピクニックエリアのスプリンクラーが回っていた。

お客さんにランチのリクエストを聞いて、まあ仕込んで戻ってくる頃には止まっているだろうと思っていたら、戻ってもまだ回っていた。

プランBで使っている別のエリアに荷物を運んでいると、ここの管理局のブラダーが近所の姉さんとすっかり話し込んでいる。

私をの事を見つけると「ヘ〜イ!ブラダ!」とシャカ!

「おい!スプリンクラー止め忘れてるぞ!」と言うと、「おー悪ぃ悪ぃ。今度はブラダが来たらすぐ止めるよ!」と言って、そのまま姉さんと話しに戻って、水撒きっぱなし・・・。

気持ち良い風の中ピクニックランチを終えると、ハレイワタウンで散策時間。

お客さんをドロップして、またガスを入れに行こうとすると、先週は1ガロン3ドル44セントもしたのにいきなり2ドル99セントになっていた。

どうなってるの?

読書の後、ドール・プランテーションに移動。

今日もパイナップルアイスティーを飲み、ユーカリの葉を嗅いだ。

帰りのフリーウェイは空港からの合流まではあっさりと超えたが、マキキの手前でいきなり大渋滞。

工事は終わってる時間だから事故か?と思ったら自然渋滞だった・・・。

ワイキキに入ってから、いつもは最初に説明している事を話して、ダイアモンドヘッドの沖を見てからカハラに戻った。



2005年10月21日

マノアフォールズトレイル

朝起きて窓の外を見ると、道路はさっきまで雨が降っていたような濡れ方だった。

しかし既に雨雲は無く、マノアの山も朝日を浴びて稜線がくっきりと出ていた。

ただ風が弱く、トレイルが乾くかが問題だった。

お客さんを迎えに行って状況を説明してからマノアへ向かった。

パラダイスパークのパーキングアテンダントに聞いてみると、滝の近くは少しぬかるみがあるけど、ゆっくり歩けば大丈夫と言うことで車を降りた。

パーキングの車は少なくちょっと心配だったが、人が少ない方がゆっくり行けるかなと思いトレイルに入っていった。

最近はトレイルの中程までは砂利が敷かれてかなり歩きやすくなっている。

マノアフォールズトレイル1

マノアフォールズトレイル2

マノアフォールズトレイル3

途中からは岩や木の根が露出する。
しかしこっちのほうが自然のトレイルっぽくてイイ。

マノアフォールズトレイル4

マノアフォールズトレイル5

マノアフォールズトレイル6

バンブーウッズを抜けると、

マノアフォールズトレイル7

マノアフォールズトレイル8

トレイルはさらに細くなり、

マノアフォールズトレイル9

豪快なマノアフォールズが現れる。

マノアフォールズトレイル10

シャワーに当たることもなく、森林浴を楽しみながらの山歩きが出来た。



2005年10月22日

バレ

ダイアモンドヘッドクラブを始めて10年。

少人数制のリピーター向けディープハワイツアーにこだわってきたが、通常1組から3組ほどのお客さんしかいないので、何度もいらっしゃるお客さんとは自然と親しくなる。

雇われてツアーガイドをしていた時には、男女を問わず気の合ったお客さんとは食事に行ったり飲みに行ったりする事はよくあったが、自分で始めてからはそういう機会は極端に減った。

特に初めてのお客さんと仕事以外で会うことはほとんど無くなった。

お客さんの立場からしてみれば、オプショナルツアーを、そしてそのガイドをどのように思うかは様々で、ツアーはあくまでも旅の一部と捉えていれば、ツアーが終われば関係はお終い。

だが、何度もいらっしゃる方の中には実際にハワイで暮らす私自身にも興味を持ち、仕事を外れた時間で会いたいと思ってくださる方もいる。

そこで私としても、3〜4度以上いらして下さったり、ツアーも5度も6度もご利用いただいたお客さんとは、食事などツアー以外でご一緒する機会を作るようにしているのだ。

2000年頃に一度そう言う機会が多くなったが、2001年の同時テロ以降急激に落ち込み、それが徐々に回復してきた。

毎年ハワイにいらっしゃるお客さんばかりではなく、2年や3年に一度と言う方もいるので、今年は3度目以上の方が多くなって、春からお客さんと食事に行く機会が多かった。

しかし夏場の繁忙期にはどうしても私の都合が付かずに、ツアーだけでお終いということが多かったのだが、9月の中過ぎからはまたそういうことが増え、今日もハワイカイの「バレ」にベトナムヌードルを食べに行った。

朝から雲の多い、シャワーも頻繁な、すっかり雨季の天気だったが、夕方から風が強くなり蒸し暑くは無い。

どちらかと言うと涼しいくらいで、私としては過ごしやすい。

週末は久しぶりにゆっくり出来そう。



2005年10月23日



今日は朝からずっと雨。

こういう日もハワイでは珍しい。

私はツアーが無かったので良かったが、家を出る気になれなかった。

昨晩からトレードも強くなってきたので、時より叩きつける様なシャワーが窓を鳴らす。

ダイアモンドヘッドも霞んで見えなくなり、太陽をほとんど出さない雲は空を暗くした。

車は早くからヘッドライトを点け、雨をはじく音をさせながら行きかっている。

映画でも見ようっと。



2005年10月24日

久保田 早紀

久保田 早紀:夢がたり(1979)

久保田 早紀:夢がたり

最初に「異邦人」を聞いたときは、凄く個性を感じた。
このアルバムはその後何度も聞いた。

久しぶりに聞いたがやっぱりイイ!
(KTも懐かしがってくれました)



久保田 早紀

久保田 早紀:天界(1980)

久保田 早紀:天界

2枚目のアルバム。
「25時」「シャングリラ」など、彼女の世界は深くなっていった。



久保田 早紀

久保田 早紀:AIRMAIL SPECIAL(1981)

久保田 早紀:AIRMAIL SPECIAL

4枚目のアルバム。
CMソングにも使われた「オレンジ・エアメール・スペシャル」が聞きたくて買った。

中学生から高校1年くらいの時の思い出。
(なぜいまだに持ってるのか不思議・・・)



2005年10月25日

雨上がり

週末降り続いた雨もようやく上がり、今日は朝から良いお天気だった。

と言ってもコオラウ山脈には暑い雨雲がどっしりと腰をすえたままで、時より強い貿易風に流されてシャワーがちらついた。

そんな中私はダウンタウンでミーティングの後、「サムズクラブ」や「ダウン・トゥー・アース」などにお買い物。

今週はまたツアーが忙しくなる。



2005年10月26日

チャーター

お買い物が中心のチャーター。

昨晩は激しい雷雨だったが、朝は良く晴れた。

最初はケアモクの「ウォルマート」でお土産の買出し。

次はマノア・マーケットプレイスの「セーフウェイ」。

「セーフウェイ」は他にもあるが、マノアをご指名。

実は今日のチャータールートをリクエストされたのは、以前ダイアモンドヘッドクラブを利用された、今回残念ながら妹さんのウェディングに参加できなかったハワイ通のお姉さん。

妹さんとご親戚のツアーだったが、きっとこのマノアの雰囲気も味わって欲しかったのだろう。

ボトルブラシツリーやプルメリアを説明。

お昼は「ジンボー」でランチ。

珍しく全く待たずに入れた。

その後はカイムキの「ベン・フランクリン」。

そして「レナーズ」でマラサダを買ってタンタラスの丘に登った。

かなり暑くなったホノルル市内に比べ、天然クーラーの効いた丘の上は気持ちが良かった。

クリスマスベリーがさらに赤くなっていた。

展望台で景色を見た後、公園のピクニックテーブルでマラサダを食べながら寛いでいただいた。

ランチの時間が予想より短かったので、ホテルに戻る前にカカアコのウォーターフロントパークに行って、えひめ丸の慰霊碑を見て、海辺を少し歩いて、ココ椰子の花やハウの花を説明した。



党首討論

ハワイでは夜の9時半からNGNで、「お元気ですか?日本列島」というNHKの、なんともポワ〜ンとした調子の(一応)ニュース番組を平日に放送している。

この番組は日本時間の午後2時から5時くらいの、テレビなんて見てる人いるの?という時間帯で放送されている番組である。

日本各地を中継でつないでニュースを巡る「ぐるっとニュースの旅」なるメインコーナーがあるのだが、ニュースの重要度や事件性より、地域の順番重視というスタイルで、殺人事件→花の開花→詐欺事件→祭りなどという見ている者には油断をさせない順番が売り(??)。

しかし相撲が始まると半分に減らされるし、何かで中止になる時も多い。

夕食後、付けっ放しにしていたテレビから、「お元気ですか?」のノホホ〜ンとした音楽が流れてくるかと思ったら、ザワザワ・・・。

メールを書いていたのでちょっと耳を澄ますと、「国会中継です」。

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

先週に続いての舌戦が見れると思うとラッキーな気がした。

今週は前原の舌の回りが悪く、小泉の余裕が印象的だったが、前原の地方分権の突っ込みは鋭かった。

まあ今日のはまだ前原に軍配という感じだが、先週に比べたらちょっと勢いが落ちた気がした。



2005年10月27日

久保田 早紀

久保田 早紀:サウダーデ(1980)

久保田 早紀:サウダーデ

3枚目も持ってました・・・。

A面は「異邦人」などのポルトガル録音と言うことで、ファド調。
B面は一転日本の街を感じさせる。



NONI

NONIご愛用者に朗報です!

ようやくカウアイ島の工場よりBOXでの販売をすることが出来るようになりました。

16個入りのBOXで、20%引きになります!(^o^)

と、いきなりダイアモンドヘッドクラブのネットショップの宣伝ですが、「ジュース」タイプに比べても既にお得な「フルーツレザー」タイプが、さらに手頃な物になったということです。

春は花粉症、夏は夏バテ、これからのシーズンは風邪対策にお役立てください〜!

NONI フルーツレザー

D.H.C.ネットショップ



2005年10月29日

チャーター

今日はホノルルエアポートからスタートの12名でのチャーター。

一昨年もやはりお世話をした社員旅行で、久しぶりに見る皆さんは飛行機の疲れも見せずお元気そうだった。

前回から人数が増えたこともあり、一人では大変なのでモーティーに手伝ってもらった。

プルメリアのレイをプレゼントすると喜んでいただけたが、その後の車内はくらっとするほどの香りに包まれていた。

ニミッツハイウェイからアロハタワーなどお見せして、最初はダウンタウンの美容関係の問屋。

朝から天気はピーカンで、買い物よりもビーチというような日和だったが、次はカリヒのディリンハム・プラザで「セイバーズ」や「プライス・バスター」でのお買い物と「ヤミー」でのランチタイム。

ショッピングの後は「ライオンコーヒー」で休憩。

最後にカカアコ・ウォーターフロントパークで海を見ながらグアヴァジュースを飲んだりして寛いでいただいた。

気温は上がったが、風の気持ちよい日だった。



2005年10月30日

ナイトドライブ

昼から引き続き雲は少なかったが、トレードが上がってきて、風に乗ってくるシャワーだけが心配だった。

タンタラスの丘は相変わらず賑わっていたが、残念ながらもう月下美人はお終いの様だった。

それでもワイキキの夜景には皆さん喜んでいただいた。

H−1フリーウェイからレッドヒルを超えてパールシティへ。

道路は少し濡れていたが、星空が広がっていた。

貸し切りの公園の芝生の上にブルーシートを引いて、ラグを広げてグアヴァジュースをサーヴ。

転がって星とオレンジ色の夜景を楽しんでいただいた。

気持ちの良い貿易風が静かな夜の公園に流れていた。



2005年10月31日

チャーター

今日はお昼からのビーチツアーのチャーターだった。

しかし目的地のワイマナロのお天気がはっきりしない。

コオラウ山脈の上には雲が架かっているが、天気図やレーダーで雲の様子を見ても微妙な状況。

とりあえずH−1フリーウェイからパリハイウェイに入り東へ向かう。

トンネルの少し手前からシャワーの中に入り、そのままパリトンネルを抜けると、ウィンドワードもやはり雲の多い空模様だった。

オロマナを回ってワイマナロに入ると雨はすっかり止んで、ベロウズに入っていくと沖の空には青空も見えたが、時よりトレードウィンドに乗って雨粒が飛んできた。

ビーチサイドに一度ラグを引いたが、小さなお子さん連れだったということもあって、すぐに撤収。

「ケネケス」でサバ弁当を買って、作戦を立てながらその場でランチタイム。

とりあえずは天気の良い場所を目指してマカプウを回り、サンディービーチパークに入っていった。

南側は雨の心配はなさそう。

幾つもの凧の揚がった公園の芝生で少し寛いだ後、カラニアナオレ・ハイウェイを西に向かい、H−1を経由してマキキで降り、タンタラスの丘に上がった。

その後カカアコのウォーターフロントパークでのんびりして、ワイキキに戻った。

日曜と言う事でどこも普段よりは人が多かったが、南の島ののどかな休日と言う感じで、ローカルたちがバーベキューをしたり、パーティーをしている姿が多かった。


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